インペリアル・ポーセレンの歴史【1762-1801 エカテリーナ2世とパーヴェル1世治世下初期古典主義時代】


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エカテリーナ2世とパーヴェル1世治世下の初期古典主義時代は、ロシア陶器の開花期となります。









エカテリーナ2世の即位から工場は再編成され、1765年からは皇帝陶磁器と呼ばれるようになり、

「全ロシアを満足させる陶磁器」を作るという任務を課せられることになりました。

皇帝陶磁器工場にデザイナーとして迎え入れられた有能なフランス人彫刻家ラシェートの活動が、

ロシア陶器へ大きな影響を与えました。

彼のもと工場では、古典主義が支配するフランスの芸術の影響がしっかりと定着したのです。



18世紀末はロシア陶磁器の開花期となり、皇帝陶磁器は、

ヨーロッパにおける主要な陶磁器工場のひとつとなりました。

エカテリーナ2世の命により、『アラベスク』、『ヤフティンスク』、『カビネット』という、

一千アイテムにも及ぶ豪華な食器セットアンサンブルを作ったことで、

皇帝陶磁器工場の栄光は絶頂となります。

アンサンブルの中央部分を占めたのは、女帝の偉業を称えるテーブルの彫刻装飾でした。

寓話的絵画もまたエカテリーナの高徳を称え、その治世の出来事を描き出していました。

女帝の承認のもと工場では、彫像シリーズ『ロシア民族』(約100体)の制作が始まり、

後にはペテルブルグの企業家たちや露天商たちまで様々な人物像が作られたのでした。

重要な品目では、花瓶の制作がありました。

絵画と形状を調和良く組み合わせ、陶器の白さと光沢のある釉薬の暖かさとを強調しました。



当時の人々は、著名人の絵画や彫刻と同様に

「エカテリーナ陶磁器」を高く評価していました。

民族学者で探検家のゲオルギーは、1794年のサンクト・ペテルブルグの記述で、

「陶器の純度、また美的センスや形状、絵画の観点から見ても現在の陶磁器は素晴らしい。

店頭の製品は、最も素晴らしい芸術品としてきわめて威風堂々としている。」

と書いています。


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パーヴェル1世の即位に伴い、陶磁器工場への関心も母エカテリーナから受け継がれました。

彼は、工場に大規模な発注をし、自身も工場を訪れ、貴賓には喜んで工場を披露しました。



パーヴェル時代の食器セットは、皇帝の側近向けのものでしたが、

エカテリーナ時代のものとは、豪華さや荘厳さにおいてもひけをとりませんでした。

その頃になると、デェジェネ(フランス語で「昼食」の意味)という二人用食器セットが流行します。



芸術に造詣の深い侯爵ユスポフによる工場運営は、

パーヴェル1世の陶磁器の芸術的発展に多くの点で貢献するものとなりました。

18世紀最後の食器セットとなったのは、

パーヴェル1世が自身の新居ミハイロフスキー城に注文したものでした。

皇帝が非業の死を遂げるその前夜に食卓に設えられていたものでした。

宮廷の小姓が、「皇帝陛下は非常にお喜びで、陶器に描かれた絵に何度も口づけをし、

人生で最も幸せな日だ、と仰っておられました」と回想しています。




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by chaika-imperial | 2013-11-21 15:37 | インペリアル・ポーセレンの歴史